雪降る空に鐘は鳴る

 冬は終わりを迎えようとしていた。まだ冬の名残を残す村では、淡い雪が優しく降っている。手にのせるとすぐに溶けてしまった。
「今年の雪も、もう終わりですね」
「そうだな」
 牧師とリヴァイアサンは灰色の空から降りてくる雪を見つめていた。すぐそばでは、モニカとデュークが残った雪で遊んでいる。
「あなたの求めていた答えは見つかりましたか?」
 牧師の静かな問いにリヴァイアサンは口元に弧を描いた。
「勿論だ。十分過ぎるほどにな。なかなか味わえない体験も出来た」
「大袈裟ですね」
「いや……そうでもない」
 リヴァイアサンは教会の鐘を見た。低く、厳かな音をたてて、その存在を示している。
 今ではすっかり村のシンボルとなった教会は人が堪えない。
「私が父から預かったものを捨てずに、持っていたからこそ、今こうして鐘の音を聞けるのだな」


『お前がその子の心を溶かすことが出来たなら、それで私に伝えておくれ』


 そう言って渡されたのは小さな歯車だった。今では元の位置へと戻り仕事をこなしている。
「……では、そろそろ行くとしよう」
 リヴァイアサンは目に焼き付けるように教会を見つめていたが、深くフードを被ると少ない荷物を手に持った。中にはこの村で貰った様々なものが入っている。
「次はどこへ行かれるんですか?」
「分からない。私は『探求心の怪物』だ。気になるところがあれば、導かれるまま赴くまでだ」
「では、質問を変えます。次はいつ戻ってきますか?」
 リヴァイアサンは踏み出そうとしていた足を止めると牧師へと振り返った。
「なんだ、別れを惜しんでいるのか?」
「惜しんでいますよ」
 てっきり呆れた顔をされると思っていたリヴァイアサンは予想外の言葉に、二の次が紡ぐことが出来なかった。
「あなたは村を追われて帰る家を失った。次はここがあなたの帰る家です。いつまでも、帰りを待っていますよ。……大事な友人なのですから」
 なんとも言えない気持ちが込み上げてくる。村を追われた時には母は父のもとへ旅立っていた。
 そのために帰りを待つ人がいるという気持ちがよくわからなかったが、今はその言葉がこそばゆい。
「モニカもデュークもリヴァイアサンが帰ってくるのを待っているからね」
 いつの間にか、モニカとデュークが牧師の隣に立っていた。
「……くくっ、一つ特別にお前たちに秘密を教えてやろう。私の本当の名前はデューク・ゲネスだ。そして、今はリヴァイアサンだ」
「……ユディス。ユディス・ポーランです」
 囁かれるように呟かれた言葉にリヴァイアサンは微笑む。やっと彼の名前を聞けたのだ。

――さらば、大切な友よ。また逢うその時まで。

 リヴァイアサンの姿は雪の中に消える。見送るように鐘が再び鳴り響いた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 今年もしんしんと雪が降る。灰色の空から降りてくる白いものは、大地や草木、建物を白く染めていった。
 美しいものも、醜いものも、すべて覆い隠してしまう。
 大地を揺らすように鈍い音が聞こえた。古びた小さな教会にある鐘が鳴ったのだ。
 それを見上げて、男は白く長い息を吐いた。
「……あぁ、この光景も、もう見納めだな」
 男の足元では灰褐色の狼が不思議そうに見つめている。
「あの子も随分と成長したことだろう。しかし、私によく似て個性が強い。きっといつしかあの子も一人になってしまう」
 男は狼の背に積もった雪を払ってやる。深緑の髪から覗く、黄緑かかった金色の瞳はどこか遠くを見つめていた。
「私がしてやれることは彼らを一人にさせないことだけだ」


 最初で最後の「父親」としての仕事を済ませて、私は最期まで我儘のまま、永い眠りにつこう。

 そして、まだ雪が降りつもり中、男はそっと姿を消した。

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