昔話

「モニカを無事に送り届けてきたぞ。随分、牧師のことを心配してなかなか放してくれなかったがな」
「どうもご迷惑をおかけしました。モニカにも今度会った時には謝っておかなければいけませんね」
 牧師の顔色は、はじめに比べれば、大分よくなっている。リヴァイアサンは近くにあった椅子へ、座ると仮面の中の瞳を牧師へ向けた。
「彼らも言っていたが、その左足は彼らにやられたのだな。しかし、彼らはなぜ、あそこまでお前に執着する?牧師は関係ないことではないのか?」
「確かに関係ありませんよ。しかし、彼らは私ならなんとか出来ると、思っていらっしゃるのでしょう」
 どこかおかしそうに笑う牧師にリヴァイアサンは怪訝な表情をした。彼の噂を思い出して、考えてみると彼らの気持ちも分からないこともない。なぜなら、彼は狼の化身だと言われるのだから。
「郷に入っては郷に従えという言葉あるのと同じです。あの森は彼らの森なら彼らの掟に従うべきです。何人たりともそれを侵すことは出来ません」
「それなら、お前はその手伝いをしているというべきか。しかし、なぜそこまで肩入れをする?狼らが侵されないように守るべきだろう」
「約束、だからですよ」
 牧師は笑顔を浮かべていた。しかし、その笑顔はあの有無を言わせないものではなく、どこか寂しそうなものだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

次の日、用事に越したことはないと思い、牧師を寝かしつけたまま、リヴァイアサンは村へ来ていた。代わりに買い出しに来たのだが、色んな人物に牧師のことを尋ねられる。中には、栄養がつくものと、売り物をくれる者もいる。
いつの間に話が広がったのかは、知らないが皆、昨日ことを知っていた。リヴァイアサンは噂の広がりの早さに感心したものだった。
「牧師は村人、皆から愛されているのだな」
 買い出しから帰ってきたリヴァイアサンの第一声がそれだった。
「村で何かありました?」
「とても面白いことがあった。皆、昨日の猟師たちの話を知っていた。そのおかげで、色々と貰った」
貰ったものを一つ一つ取り出すリヴァイアサンに牧師は懐かしそうに眼を細めた。
「そうだったのですか。それならきっと、あの人のおかげでしょう」
「あの人?」
「モニカから、話はある程度聞いているのでしょう。私を拾って育ててくれた人です。名前は知りませんがとても温かい人でした」
「その者がモニカの言っていた、前の牧師だな」
「そうです。彼は妻子を捨てて、この村にたどり着いたと言っていました。その人は 私が成長する度に息子さんと姿を重ねていたようですよ」
リヴァイアサンは鼻で笑う。自分で妻子を捨てておきながらも、子どもの成長を気にかけるとは実に身勝手な者だ。そう思いながらも、記憶の端でとある姿が浮かぶ。
「その人は動物好きで、デュークを手懐けたのも彼でした。しかし、彼の息子は大変、好奇心旺盛でそれでいて本の虫で、将来この子も普通の人生を送らないだろうと思ったそうです」
「その者は牧師に自分の息子のことを語ることによって、全うな道を行かせたかったのだな」
「違うと思います。あの人は私を拾い育てたことによって、その息子さんが恋しくなったのでしょう。私が自立するようになるとふらりとどこかへ消えてしまいましたが、きっとやり直すために彼は帰ったのだろうと私は思っています」
話を聞いていて、リヴァイアサンは喉の奥でくつくつと笑った。一通り気がすむと牧師へ今度はリヴァイアサンが語る。
「面白いことを教えてやろう。私は父と母との三人暮らしだった。私は幼い頃から好奇心旺盛な性格でよく、父の書斎で本を読むのが日課だった。しかし、父は本の虫である私と違って、こよなく自然を愛する者だった。特に動物を愛していた。父はいつも家に帰らず、いつしかそのまま、行方不明となった。それから、母と私の二人暮らしが始まった。もともと、家を空けることが多いためか父がいなくても変わらぬ毎日だった。そして、私が大人になり、人々から狂人と呼ばれるようになった頃、彼がふと現れた」
リヴァイアサンはここで一度、言葉を切った。仮面に覆われているためにはっきりとは分からないが、思い出すようにどこか遠くを見つめているようだった。
「父は顔が見たくなったと言って帰ってきた。今まで、どこにおり、何をしていたかなど説明は一切しなかった。また、私も求めはしなかった。そんな父が一つだけ、私に話をしてくれたことがあった。それは狼少年の話だ。少年は狼によって拾われて、父の手によって育てられた。彼は優しい子に育ったが心は獣のように警戒心の強い子になってしまった。彼には心を許せる友達がおらず、唯一心が許せるのが狼だったと聞く。しかし、彼らは私たちの倍の速さで時を進む。いつしか、彼は一人になってしまうだろう。一匹狼になってしまう。だから、私に友達になってやってほしい。お前なら出来る、とな」
「あなたはそれを聞いて、どう思われたのですか?」
「馬鹿げた話だと思った。とうとつ彼の気が触れたのかと思ったくらいだ。妻子を捨てた男が子一人を育てるなど出来るはずがないと思ったからな。しかし、彼はこの世を去るまで私に言い続けた。そして、春の訪れと共に黄泉の旅人となった」
「………」
「私は父親似だった。それが嫌で仕方なかった。誰かが私を怪物と呼ぶようになったために、好都合とばかりにこの恰好を始めたのだが――」
リヴァイアサンは唐突に話題を変えると、深く被ったフードを取った。深緑色の髪が現れ、次に目元を覆う仮面を取る。すると、黄緑色かかった金色の瞳が愉快そうに牧師を見ていた。
「    」
牧師が何か呟く。しかし、それは言葉にはならず、吐息となって消えた。ベッドの側で寝そべっていたデュークもリヴァイアサンを見つめたまま動かない。
「あぁ、間違っていなかったようだ」
静寂に包まれ部屋で、リヴァイアサンの呟きだけが響いた。

inserted by FC2 system