牧師の秘密

 牧師の生活は、リヴァイアサンにとって大変興味深いものだった。
 灰褐色の狼以外にも教会には狼がいた。彼らは冷え込む夜に教会へ来ては暖炉の前で眠り、そして朝方になると森へ帰るということを繰り返していた。普通に考えれば奇妙な光景なのだがそれにも関わらず、リヴァイアサンは興味津々だった。
「この狼たちは牧師が飼い慣らしているのか?」
 突然のリヴァイアサンの質問に本を読んでいた牧師は、読みかけの本を閉じると軽く頭を横に振った。
「いえ、私が飼い慣らしているというわけではありません。飼っているというよりは住みついてしまった、と言うべきでしょうか」
「それはどういう――」
 リヴァイアサンは言いかけた口を閉じた。
 不思議なことに牧師の笑顔には、有無を言わせない何かがある。牧師は詳しく聞こうとすると、すぐにその笑顔を浮かべるのだ。
 リヴァイアサンは肩を竦める。ここでの生活をはじめてからそれなりに日にちが経ったが、彼はまだ心を許してないようだ。


 灰褐色の狼はデュークという名前らしい。そのことを教えてくれたのは、デュークの背を小さな手で撫でる少女からだった。
少女の名前はモニカ。この村に住む少女で週三日、必ずこの教会に遊びにやってくる。
 閉鎖的な場所に位置するこの村では村の中だけで生計を立ててゆくのは難くいために、モニカの母親は週三日、街へ出稼ぎに向かうのだ。その間、モニカは教会で母親の迎えを待つというのが習慣になっているらしい。
「牧師さまはね、小さい頃に前の牧師さまに拾われたんだって」
 はじめこそは、リヴァイアサンの身なりに怯えた様子をみせていたモニカだったが、今ではすっかり心を許し、仲良しである。
 物知りなリヴァイアサンを気に入ったのか、教会へ来ると必ずデュークとリヴァイアサンを離さないのだった。
 教会に今は牧師の姿はない。先程、村人に連れられてどこかへと出かけてしまい、教会にはリヴァイアサンとモニカ、そしてデュークの二人と一匹だけである。
 リヴァイアサンはそれを好機として、まずは外堀から埋めるように情報を集めることにした。
「ほう、牧師は孤児なのか。この教会には牧師しかいないのか?」
「そうだよ。前の牧師さまは出て行っちゃったまま、帰って来ないんだって。デュークも前の牧師さまが飼っていたの」
「成程」
 リヴァイアサンは小さく笑った。子どもは無垢で純粋で素直である。デュークもモニカの前だからなのか、大人しく寝ている。
「牧師さまは本当のせいしょくしゃ、じゃないから、お言葉をくれないけど、かわりに歌を歌ってくれるの」
「歌を?」
「そう、たまになんだけどね。この教会には何もかもなくした人や生きることを諦めた人が集まることがあるの。その時に牧師さまが歌を歌うの。その歌はとても綺麗で心も綺麗になってゆくみたいなのよ。皆、帰る頃には暗い顔をしていたのに、まるで憑き物が落ちたみたいに晴れやかな顔で帰るの」
「ほう、それは是非とも聞いてみたいものだな」
「それと……人が息を引き取る時にも歌ってくれるの」
「鎮魂歌か?」
「ちんこんか? よくわからないけれど、牧師さまの歌を聞いたら、どんなに苦しい 人も穏やかな顔で息を引き取るんだって。まるで苦しみから、魂を攫ってしまうみたいってお母さんが言っていたよ」
 ならば、先程来ていた村人もまた牧師の鎮魂歌を望みに来た者なのだろう。必死な形相をしていたのをリヴァイアサンは見ていた。
 村人の帰りを待ち、死人は牧師の歌にのって静かに息を引き取るのだ。
 そこに牧師の慈悲があるのかは知らないが、死への恐怖を取り除かれて死ねるのならば幸せなとこであろう。
「この村の人は皆、牧師さまのことが好きよ。でもね、中には牧師さまのことを快く思っていない人もいるの」
 突然、少女の言葉に反応するようにデュークは唸り声を上げた。教会の入口の方へと身構える。
 デュークの様子にモニカはすっかり怯えたようにリヴァイアサンの腕にしがみついた。
「彼らだわ、彼らが来たのよ」
「彼ら?」
 すると勢いよく、教会の扉が開かれた。次々と男が数人、中へ入ってくる。扉は足で蹴飛ばしたらしく、両手にはずっしりとした猟銃が握られていた。
「おい!牧師はどこだ、牧師は!」
 彼らは牧師の姿が見えないのを確認するとリヴァイアサンたちへ視線を向けた。モニカの手に力が加わるのを感じる。
「おい、そこのお前。ここら辺の奴じゃないよな。何者だ?」
「私はリヴァイアサン。お前たちが捜している牧師の世話になっている者だ」
 男たちはお互いに顔を見合わせると、卑屈な笑みを浮かべた。
「リヴァイアサン?ふざけた名前を言っているんじゃねぇぞ。おい、モニカ!」
リーダー格と思われる男に名前を呼ばれて、モニカはびくりと身体を震わせた。
「お前の大好きな牧師様はどこに行ったんだ?まさか、俺達の登場に怖くて出て来られないわけじゃないだろうな」
 男の言葉に周りが笑い声をあげて笑う。
「誰が怖がりなのですか?」
 男たちの後ろから声が聞こえた。全員がそちらに視線を向けると、そこには牧師の姿があった。牧師はゆっくりとした足取りで、教会の中へ入るとリヴァイアサンたちを背に男たちの方へ振り向く。
「ここは神聖な場所です。そのような物騒なものを持ち込まないでいただきたいですね」
 牧師に指摘に男たちは、はっとしたような表情を浮かべる。
「そんなことはどうでもいい。おい、牧師!お前のところの狼をなんとかしろ。猟の邪魔をされて獲物を逃してしまったじゃねぇか!」
「私に言われても困ります。私が指示しているわけではありません。彼らの森なのですから、我々が彼らの掟に従うのが常では?」
 邪魔をされたのは、単に男が決まりを超えた猟を行おうとしたからである。と牧師は言っているのだ。
 その指摘に男は顔を真っ赤にさせると銃を牧師へ向けた。
「ごちゃごちゃとうるせぇな。俺たちがどれだけ狩ろうが自由だろう。それにあんまり調子に乗っていると……次は左足だけじゃすまないかもしれないぞ」
 男はにたぁと笑みを浮かべた。銃で脅せば、なんとかなると考えたのだろう。しかし、牧師には怖じ気ついた様子もなければ、金色の瞳は静かに男に向けられていた。
「ふむ、実に愚かな行動だな。効率が悪ければ、弾の無駄使いでもある」
「な、なんだと!?」
 リヴァイアサンは座っていた椅子から立ち上がるとかつかつと足音を立てて男の前に立った。
「先程の牧師の話を聞いていたか?彼は関係ないと言っていたであろう。それになぜ、彼を狙う?同じ狙うなら邪魔をした狼を狙うべきであろう。その方が利益もあり、邪魔者もいなくなって一石二鳥ではないか」
「うるさい、うるさい、うるさい!そこをどけ!さもないとお前から撃つぞ!」
 しかし、リヴァイアサンは退くどころか、自分で銃の先を掴むと己の心臓がある部分へと銃口を押し当てた。
「私の心臓はここだ、私が持っていてやろう。さぁ、早く一発打ち込むといい。ただし、私を撃てばお前は己の手を染めただけではなく、この神聖な場も汚すことになる。罪を犯すことも神の怒りに触れることにも恐れないのなら、さぁ、早く撃て」
 しばし、躊躇った様子だったがリヴァイアサンが本気だということを悟ると、男は舌打ちをすると逃げるように踵を返した。
「お前、一人のために撃つくらいなら、獲物に撃つ方が余程いい!」
 男が去ると他の者も、ばたばたと足音を立てながら帰ってゆく。先程までの騒がしさは嘘のように、静寂に包まれた。
「リヴァイアサン、大丈夫!?」
 モニカが慌ててこちらにやってくる。大きな瞳は涙をためている。リヴァイアサンはモニカを頭を優しく撫でると微笑んだ。
「なに、気にすることはない。撃てないとわかっていたからこそ、出たまでだ。牧師殿も随分と厄介な相手に目を付けられたものだな」
 いつもならすぐに返ってきそうな返事が返ってこない。リヴァイアサンは不思議に思って牧師の方へ振り返るといきなり、胸倉をつかまれた。
「何……ことを……ですか」
「なに?」
「何、危ないことをしているのですかと言ったのです。猟銃を持っているのですよ、それに相手は一人ではない。それなのに、相手を煽ってどうするのですか。しかも、自分の心臓に銃口を向けるなど、相手が撃たなかったからよかったものの、本当に引き金を引いていたら今頃は死んでいたのですよ」
 こんなに一気に沢山喋る牧師をはじめてみた。リヴァイアサンもモニカも唖然とした状態で聞いていた。
 すると、リヴァイアサンはうっすらと笑みをつくる。何かを思い出したようである。
「その時は牧師が私に鎮魂歌を歌ってくれるのだろう?」
「……自ら断つ命に歌う歌はありません」
「自ら断つのではない、お前を護るために命を懸けるのだ」
 勝ち誇ったようなリヴァイアサンの笑みに牧師は気分が悪くなるのを感じた。しかし、彼があそこで前に出なければ、今頃どうなっていたかは分からない。牧師はため息をつきたい気持ちを抑えると礼を述べた。
「次からはあのようなことはしないでください。こちらが見ていて、心臓に悪い」
「それは私のことを心配していた、と自惚れていいのだな」
 ますます得意顔になるリヴァイアサンに牧師は大きくため息をついた。いつまでも相手をしているとこちらが疲れてくるような気さえする。
「お好きに解釈をしてください」
 付き合っていられない、とばかりに立ち去ろうとした牧師だったが、急にその身体がふらりと傾いた。デュークがすぐに傍によってその身体を支えようとするが、狼の身体では支えきれずに牧師はそのままその場に座り込んでしまった。
「牧師さまっ!?」
 モニカが慌てて近寄ると牧師は真っ青な顔をしている。
「牧師さま、大丈夫?顔色が真っ青だよ。お水を持ってこようか?」
「大丈夫です、少し気分が優れないだけですから」
 先程と違って弱々しい返事にリヴァイアサンは肩を竦める。どうやら、無理をしていたらしい。リヴァイアサンはモニカに手短に指示を出すと牧師に肩を貸すと部屋へと移動した。  

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