おとぎ話と夢をみる

 気づけばいつも隣には、君がいて。
 それがいつの間にか、当たり前だった。
 いつからだろう、君の一挙一動に心が動かされていたのは。
 それは友と呼ぶのには近すぎて、恋と呼ぶには遠すぎて。
 脆くて拙いこの想いは未熟のままカタチになることなく、地に落ちて砕けた。

 のちに誰かが囁いた。それはコイだと。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 男女の友情は成り立つか否か。いいお年頃である彼らにとってはそういったことは些細なことでしかなく、むしろ人の恋路の話題に花が咲くお年頃。 
 自然とそういった話題も多くなってくるもので、その話題が出たのは偶然だったのだろう。

「えっ? あー野間は、なんでも話せる友達みたいな存在だよ」

 友達というには近い存在だった。普通の男女よりも近い存在ではあったけれど、互いに異性と認識してつるんではいなかったかもしれない。それでも周りから見れば、ただの友達という枠に収まるには少し異質としてみえたのだろう。 
 たまたま拾った音声に、やっぱり、と千都(ちとせ)は感じられずにはいられなかった。別に本気で双葉智大(ふたばともひろ)という人間に恋をしていたわけではない。ただそういった話題になった時に、付き合ってもいいなと思えるくらいには、彼のことは気を許していたのだ。
 でも、それも今日で言えそうにない。彼自身は野間千都のことを「友人」というカテゴリーに入れたのだ。照れることもなく、質問されたから答えたという音調に期待する余地すらもない。
 彼のなかに千都を異性という認識があったとしても、恋愛という意味で好意を抱く対象ではないということだ。
 それもそうかと。薄い扉で遮られた向こう側で千都は納得する。
 同級生の同性と比べても、男勝りな性格をしている自覚はあれば、言動も女の子らしくない。下級生の間では姉御と呼ばれて、密かに慕われているのも知っている。
 正直、女子に混ざって甘い話をするよりも男子とくだらないことで笑いあっている方が好きだった。
 男子たちが時折見ているようなグラビアアイドルのような豊かさもなければ、スカート下にはいつだって体操服のハーフズボン。せめてもと伸ばした髪は艶やかな髪とはほど遠く、これで異性としてみていたとしても恋の対象になるはずもない。
 女として見られていないということに、今更かと思うもののカランコロンと心のなかで何かが音をたてて転がった。


【ともだちみたいです】


 仮定の話をしよう。野間千都が双葉智大のことに恋をしたとする。彼女が彼に自分の気持ちを伝えたとしてその恋が実るか否か。
  
答えは、否である。


 それは偶然だったのか。それともタイミングが悪かったのか。千都にはそれはわからない。けれども、わかることは出来れば出くわしたくなかった事象だった。
 双葉智大はモテた。顔の偏差値を抜いたとしても、モテた。誰にでも気さくで男女問わず、いわゆるクラスの中心にいる人気者。女性の扱いにも長けており、同年代にしてはよくできた気配りにうっかり落ちてしまう女子だって少なくない。
 休み時間に呼び出される現場をクラス内では見たことはないけれど、たまに告白現場を目撃してしまうことは度々あった。
 いつもなら告白する側になる女子に偶然とはいえ、立ち聞きするようなことになることが申し訳なくてそそくさとその場を立ち去り、後に双葉を冗談として揶揄して迎えるのだがその日は、立ち去ることが出来なかった。それよりか、その身を隠すことさえ千都は忘れていた。
「好き、だよ。誰にも譲りたくないくらい」
 一瞬、自分の聞き間違いかと思った。幾度もそういった話があっただろう。だが、彼はいつだってその気持ちを受け入れたことない。それなのに。
 
 知らない。あんな照れくさそうに微笑む双葉を。
 知らない。慈しむように細められた目を。
 知らない。優しいあの笑顔を向ける相手がいることを。
 知らない。恋をする双葉智大を野間千都は知らない。

 気づけば隣に双葉がいた。いつしかそれが当たり前になっていて、千都は誤解していたのだ。誰よりも双葉のことを自分は理解している。彼の知らない顔なんて、自分にはないと思っていた。どうだろう。彼が好きな人に向ける顔なんて知らない。彼が愛する人に向ける顔なんて知るわけない。
 だって、千都と双葉は友人であり、どんなにこちらが恋い焦がれようとも決して向けられる訳がないのだ。
 だから、自分が恋をようとそれが報われることがないのを知っている。
 一方通行の恋にしかならない。だから、彼に恋情を抱いたところで、その恋は決して報われない。
 だから、頑なに拒んでいた感情だった。恋すらはじまっていないそれは、千都の心に重くのしかかって存在を示す。


【報われないものを知っているんだ】


 口は災いのもと。とは先人の言葉とはよく言ったものだ。なんて、暢気にそんなことを考えている自分も大概だと思う。決して口に出すつもりがなかった言葉は滑り落ちて、二人の間に落ちた。
 ことの発端はクラス内でカップル成立という声と共に賑やかな声が響きわたったことからはじまった。
 各々自由に休み時間を過ごしていたクラスメイトは突然の発表に唖然としていたが、それぞれが祝いの言葉を述べると最終的にはクラス全員で初々しい彼らを祝うといった流れになった。盛り上がってくると馴れ初めからどちらが告白したのなど、そっとしておけばいいのに、と言いたくなるくらい質問責めが行われていた。普段ならその辺で、と止めに入る男は、今は微笑ましそうに見守ってその場から動く気配はない。たま、質問されているクラスメイトたちも恥ずかしそうにしつつもどこか楽しそうだ。ここで止めに入った方が反対に水を差しそうな気がして、千都も周囲にならってその流れを止めることはやめた。
「あの二人、わかりやすかったからうまくいってよかったな」
「わかりやすかったから、今こうしてクラス中に知れ渡ったている結果になったけどな」
 双葉の言葉に確かに。と相槌をうつ。いかにもあなたのことが好きです。みたいな態度をとる二人に周りがどれだけ早くくっつけばいいのに!とやきもきしていた。かといって、誰も彼らの恋をからかったりすることはなかった。恵まれたクラスだったようだ。
 彼氏側は、彼の親しい友人たちに「裏切り者」やら「俺らより先に彼女をつくりやがって」「惚気はほどほどにしろよ」などかわらかわれている。
 その雰囲気があまりにも微笑ましくて、気づけばぽろりと口が滑っていた。
「いいなぁ、想いが通じあうって」
「へぇ、野間も好きな人でもいんの?」
「……それは双葉だろ」
「え?」
 驚いたようなことにはっとして我に返る。ほとんど、無意識に出てしまった言葉でもあった。
 双葉の方に視線を向ければ、驚いたように目を見開く彼と目があった。ぽかんと開いた口が大層間抜けだったで、普段なら笑い飛ばしていたことだろう。だが、今はそれどこではない。
 変な沈黙が二人の間にたれ込む。千都は双葉が口を開くよりも先に席を立つと「ごめん」とだけ謝った。
「何言って――」
「ごめん。何もなかった。さっきの言葉は聞かなかったことにしろ」
 それでもなにか言いたげな双葉にそそくさと背を向ける。追いかけるように立ち上がる雰囲気を背に感じたが、タイミング良くなったチャイムにそれは阻まれたようだった。
 自分の席に戻りながら、大きなため息をつく。あの時の驚いた顔は、きっと自分が知らないと思ったからだろう。あの告白現場のことは双葉に何も言わず、またいつもどおりに振る舞った。
 彼の口から、付き合っていると肯定される言葉が出れば、今まで通りの関係でいられる自信が千都にはなかった。
 名もつけたくない感情がぎしりと鈍い音をたてたような気がした。


【(あーあ。やっちゃったなぁ)】


 おとぎばなしに出てくる彼女たちは、最後は必ず王子様と結ばれる。彼らが迎えにきては愛を囁き、彼女たちは王子様と幸せになることを約束されている。
 多くの女の子はそれに憧れ夢を見る。
 だが、実際はどうだろう。錯覚しそうな愛を囁かれはしたが、そこに含まれる意味に彼女らのような結末は含まれていない。王子にはすでに迎えたお姫様がいて、入る余地のない自分はいいところで王子の友人役といったところだろう。
 観客が望むのは素晴らしき友情のみ、昼ドラのような展開などここでは御法度だ。
 だから、望まれた終幕でちゃんと幕が降りるように。

「明日には忘れてやるから」

 ただ今日までは、どうか夢を見させてほしい。それぐらいのわがままくらいは許されてもいいはずだ。
 お姫様になり損ねた引き立て役は夢を見る。


 まさか、失言をしたその日に呼び出されると誰が予想しただろう。それだけ、相手にとって隠しておきたいことだったのか。はたまた、紹介でもしてくれるのだろうか。
 人の目につかない場所まで移動すると、先を歩いていた双葉が振り返った。その表情は強ばっており、いつもの雰囲気とはかけ離れた姿に千都は休み時間で告げたあの言葉は失敗だったと悟った。
 今ならまだ間に合うだろうか。まだ本人の口からなにも聞いていない。
 冗談だった。お前ぐらいなら、彼女いてもおかしくないと思った。
 そういえば、すべて解決。いつも通りの二人。もしかしたら、冗談じゃないと本人の口から言われるかもしれないが、その時は受け入れよう。もう逃げられないのだから。
 そう決心すると、相手が未だに口を開かないことをいいことにいつも浮かべるからかいの笑顔を浮かべた。
「双葉、あの時の言葉を気にしているならあれは――」
「あのさ」
 言葉を遮るようにして、重ねられた言葉に口を紡ぐ。真っ直ぐと向けられた目が、いつもとは異なり真剣である。
聞きたくない。
言うな。
逃げたい。
 そういった言葉が体中を駆け巡るも、相手には届かない。まるで、死刑宣告を言い渡されるようにして、スローモーションのように彼の口が開くのをただ見ていた。

「俺、野間のこと、好き……なんだけど」

 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。言葉の意味を租借して、一度は理解した。体中が熱くなるような心が浮き上がるような感覚に見回れる。長く鎮座していた何かが温かくふわりと花咲く気分だ。
 だが、それも一瞬。

「好き、だよ。誰にも渡したくないくらいには」

 ああ、そうだった。彼には自分にはないかわいさをもつ彼女がいる。あの日、向けられた目を、表情を、声を、千都は知っている。
 この好きは「友人として」と意味なのだ。勘違いしてはならない。
 未だ緊張した面もちをしている双葉に小さく笑うと今までないくらいにとびっきりの笑顔を向ける。半分は八つ当たり、半分は……。

「……わたしも好きだよ。友人としてな」
 
別に、好きというわけではなかった。
別に、特別ではなかった。
別に、ただ少し互いに距離が近い友人だった。
別に、悲しくなんかない。
別に、ただ近すぎた友人が側を離れていくだけ。
別に、別に、べつに、べつに……。

 これは決して恋愛感情ではない。

 何かが心から落ちて、ガラスの割れるような音がした。
落としたモノはもうかえらない。
 千都はその答えを知っていた。だから、自ら捨ててしまった。 
 
「明日には忘れてやる。だから、もう、そういう言い方は本当に好きな人に向かって言ってやれよ」
 でないと、こちらが勘違いしてしまう。
 一秒でも早くここから逃げ出したくて、呼び止める声が聞こえていてもその足を止めることはなかった。
 しっぱいものがぼたぼたと頬へ流れるのを感じて、乱暴に拭ってみてもそれは止まることを知らない。

 わかっていた。王子様が迎えにきて、幸せになるなど、所詮はおとぎばなしのお話なのだと。
 愚かな夢をみた少女は、手に入らない結末に微笑んだ。


【おとぎばなしと微笑む】


 いつの間にか当たり前だった距離、いつの間にか当たり前だった側。
 いつの間にか彼は隣にいて、いつの間にかその心は奪われていた。
 それもこれももう終わり、決してあれは恋ではなかった。だから、これも失恋ではない。

 四方八方から送られる視線に千都は居心地悪さを感じていた。無意識に首に手をやれば、つい先日まであった髪は宙をつかみ切り揃えられた髪が優しく撫でた。
 髪を切った。といえば、それだけなのだが、入学時からずっと伸ばされた髪を切ったことはクラスメイトにとっては衝撃だったらしい。
 夏を迎える季節なら、暑苦しかったからと言えばよかったが、これから寒くなる季節に髪を切ったことは予想外だったようだ。苦し紛れの理由として「卒業アルのために」と言ってみたが、あんまり納得されているような気がしない。
 その理由としてもう一つが、双葉との関係のせいだろう。あの日以来、まともに会話をしてない。はじめこそは、双葉の方が何か言いたそうに話しかけてきたのだが、千都はあの日のあの告白をなかったように振る舞った。それから、彼との会話もなくなり、千都も男友達から女友達を話すようになった。色々と勘ぐりされたが、自分だって女だしと苦し紛れの言い訳をすれば関心はよそに向いたらしく髪のことも双葉のことをも、話題に出ることはなかった。
 それから月日はあっと言う間に流れ、大方が進路を決める中ごく少数がまだ受験を控えていた。卒業間近になってくると登校も自由になるためにクラスメイトが揃うということも滅多になく、双葉との距離もしだいに広がってゆく。
 その日、用事があって学校を訪れた千都は知り合いの後輩に呼ばれ、人の目につきにくい庭で互いに向き合っていた。
「で、相談したことってなんだよ?」
 この後輩とはクラスメイトが休み時間を使ってスポーツをしていた時に意気投合してよく話をしたことがあった。クラスメイトも自慢の後輩だと、誇らしげにしていたのをよく覚えている。部活を引退してから交流は減ったが、たまに声をかけてくれるため「相談したことがある」と告げられた時も部活のことで悩んでいるのかと思った。
「実は……」
「なんだよ? 遠慮すんなって、あいつには黙っておいてやるからさ」
 歯切れの悪い後輩に優しく微笑んで自分よりも高い頭に背を伸ばして撫でてやる。そうすれば、先ほどまで視線を下げていた後輩はきゅっと千都を睨みつけるようにみると頭に乗せていた手を取った。
「俺は、野間先輩のことがずっと好きです! 男ばかりなのに、臆することなくプレイする姿に目を奪われました。先輩から見たら俺はただの後輩かもしれないけど、俺はあの時からずっと先輩を一人の女性としてみていました」
 力強く手を握りしめられる。自分よりも大きい手にどきりとするも、その手は千都が望んだ手ではない。
「……、ありがとうな。でも、ごめん。お前の気持ちには応えられない。わたしにはただの後輩にしか見られないし、この先もそれは変わらない」
 誰かを好きになるのも、その恋が実らないのも千都は知っている。ありったけの感謝の気持ちを込めて彼の恋に終止符を打つ。次に彼が進めるように、決して未練を残してしまわないように、握っていたてを振りほどく。
「……真剣に応えてくださってありがとうございました。先輩ならきっとそう言うだろうなと思っていたので、気持ちを伝えられてよかったです」
 お時間を取らせてしまいすみませんでした。彼はそういって一礼すると去ってゆく。大きな背中が今は小さく見えた。その背が消えるまで見送ると、一つため息を零すと踵を返す。なんだかとても疲れた。教室に置いてある荷物を回収して早々に帰ろうと決めた千都は、視線の先に人が立っていることにたった今気づいた。
「……双葉」
 いつからいたのだろう。後輩が気づいた様子はなかったために、別れてからだろうか。久々に向かい合って対峙することに手に汗をかく。
 もう捨てたのだ。いつものように、あの頃のように「盗み聞きか? 趣味悪いぞ」って笑って声をかければいい。なのに、喉が張り付いたように声が出ない。心臓がどくりどくりと相手に聞こえてしまうのではと、大きな音をたてている。
 普通とはなんだっけ?
 わからない、忘れてしまった。
 とにかくこの場に長くいてはならない。捨て去った何かが叫び出す前に。
 早く早く。早く立ち去ろう。
 結局、言葉はこぼれ落ちることなく、千都は双葉の横をすり抜けるように通り過ぎる……はずだった。
「な、に?」
 すれ違う際に双葉が千都の腕を掴んでいた。表情は髪に隠れて読めない。問いにも相手は答えず、静寂があたりを満たしはじめて耳が痛い。
「……俺の告白は、忘れたことにするのに、親しい後輩からの告白は受け止めるんだ」
「は?」
「俺の好きは、なかったことにされたのに。……なんで、あいつの好きは受け入れるわけ?」
 こちらへと視線を向けた双葉の目が緑色に光ったように見えた。
 そんなはずがないと思うのに、きつく握りしめられた腕が痛い。今にも泣き出してしまいそうな様々な感情を含んだ目から離すことが出来ない。
 あの時の向けた言葉と意味はなんだったのだろう。
 告げられることなく飲み込まれた言葉はなんだったのか。
 愛おしそうみた先の視線は誰を見ていたのか。
 友達というカテゴリーにいるのではないのか。
 愚かな夢をみた少女はもう一度、お姫様になることを夢見ていいのか。
 その答えは、すべて君が持っている。
 知りたい。知りたくない。

「……なにそれ、期待させるような言い方すんなよ。お前とわたしはただの友人で! お前には誰にも手渡したくない彼女がいるんだろう……なのに、なのに」
 嫉妬するような目を向けるから。
 忘れる、と言ったのに蒸し返すから。
 捨てたと思ったのに、胸が苦しい。
 自分は何一つ、捨てられることが出来なった。
「好きになってごめん。わたしは……野間を」
 ぽろりぽろりと想いが涙になってこぼれ落ちる。溢れ返った想いは温かく、頬を流れて地に落ちる前に指ですくわれる。
「大丈夫。ねぇ、今度は忘れるなんて言わないで、ちゃんと俺の言葉を聞いてよ。ずっと言いたかった言葉があるんだ」
 お姫様になれないと諦めていた少女に手が差し伸べられる。
 その手に導かれた先にあるのは大きななお城でも、綺麗なドレスでも、裕福な暮らしでもなかったけれど彼女は微笑む。
 お姫様になれないと嘆いていた頃にサヨナラを告げて。


【その手に導かれて】

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