いざよい秋入梅

 真之が学校に到着した頃には、チャイムが鳴る五分前だった。昨日の様子を知る友人から心配そうな視線が送られたが説明するには時間がなく、小さく笑って心配ないことを告げる。
 体調的には問題ない。昨日のことをまったく引きずっていないのかと聞かれればそんなことはなかったが、それよりも大切なことが真之にはあった。
「有明」
 名前を呼ばれて、有明は落としていた視線をあげる。そこには朝より顔色がよくなった真之が立っていた。表情にはあまりでなかっただろうが有明は安堵する。
 友人のただならぬ様子に別れてからも心配していたのだ。居候の身でありながら今はここにいない友人も何か感じるところがあったらしい。結局彼はなにも言わなかったけれども。
「その、昨日は悪かった」
「いえ、気にしないでください。それよりもなにか心配ごとでも? 顔色が晴れませんね」
「あー、うん。実は大切なものを神社に落としたみたいで。取りに行けばいい話なんだけど……」
 言葉を濁す真之に有明はその先の言葉を悟る。昨日のことを引きずっているのだろう。詳しいことはわからなくても昨日の様子をみればただ事ではないのはわかる。だから有明は提案した。
「今日一緒に探しに行きましょうか?」
「はぁっ!? だって、有明は……」
「僕のことなら気にしないでください。そもそも神社ですよ? 神域である場所に邪な存在が簡単に入れるとは思いません。ですから放課後、もう一度神社に行ってみましょう。ね?」
 全く引く気のない有明に真之はまだ何か言いたげではあったものの開いた口を閉じると小さく「ありがとう」と呟くだけに留めた。しっかり聞いていた彼は「どういたして」と答えると、もう一人の友人のことを考える。
 
 
 
 時間が進み、昼休み。真之と有明、そして彼らが親しくしている天井の三人は階段の踊り場へと来ていた。
 上の階へと続く階段の踊り場は全面ガラス張りとなっており、夏の時期は日差しをまともに受けて暑くとても居座れる状態ではないが、秋の兆しに差し掛かっている現在では秋晴れが心地よいものである。
 各々思い思いに昼食を取っていた三人だったが、真之が昨日の出来事を話し、有明が放課後のことについて話題を出すと天井は手に持っていたパンを落とすのではないかと思われるくらい驚いた様子だった。
「……真之くんの大切なものを探しに行くのはわかったけど、大丈夫? だって相手は神様とかじゃないの?」
「神……様……?」
 天井の言葉に次に驚いたのは真之だった。不釣り合いの眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれ、ギブリのように首が有明に向けられる。
「落ち着いてください。和泉くんの話を聞いている限りまだその方が神様だとは限りませんよ」
「ど、どうしよう……俺、もしかして祟られる?」
 よくなってきていた顔色が再び逆戻りする。二人は顔を見合わせると有明はもの言いたげな視線を天井に送り、彼も言いたいことがわかっているために手だけで謝るが、顔を見るかぎりからかったことに対しての反省はしてなさそうだ。
「例え神様だとしても、今日も神社行くんでしょ。ならその時に昨日の非礼を詫びておけば、寛容な神様なら許してくれると思うよ」
「それもそうか。何か供えるものとか用意した方がいいだろうか? もし、許されなかった時はどうしたらいいんだろ……」
「そこまで慎重にならなくてもいいと思うけど」
 いや、でも……と一人で議論をはじめた真之に天井はお手上げとばかりに有明に視線を振る。しかし、彼は首を横に振る。幼馴染でもある彼でもこうなった真之を止めることは出来ないようだ。
「真之くんはとにかく誠意をみせて謝れば大丈夫だって。それに今は祟られる心配よりも大事なものが見つかる心配した方がよくない? 何を失くしたのか知らないけど、明け方まで雨は降っていたんだからどうなっているかわからないよ」
「そうですね。そういえば、僕もまだ何を失くされたのか聞いていませんが何を失くされたのですか?」
「実は爺ちゃんからもらったお守り。いつも肌身離さず持っていたんだけど、昨日帰ってから探すだけど見つからなくて。落としたなら神社かなと思って」
「わかりました。頑張って二人で探しましょう」
 有明の言葉に真之は天井を見やる。それだけで彼が言いたいことを察した彼はひらりと手を振る。
「俺はそういうところは避けたいからごめんだけど、パスで」
「天井くんは部活勧誘のお断りにおわれている身なので、気にしないでください」
「そ、そうなんだ。頑張って……?」
 

 
◇◇◇

 

「あの和泉くん?」
「なに?」
「その、歩きにくいのですが?」
 有明を前にして二人は歩いていた。最初は並ぶようして歩いていたはずだが、気が付けばこのような形になっていたのだ。無意識だったらしく、真之は謝ると少し距離をおいて後からついてくる。昨日のことが余程怖かったのだろう。思わず苦笑がもれる。
 昔はいつだって真之が有明の前を走っていたというのに。
「和泉くん、暮簿神社に着きましたよ」
 昨日と変わらない姿で上と続く階段が伸び、鳥居が佇んでいる。
 真之は回れ右をしたくなったが、ぐっと足に力を入れると深く息を吐く。
「行こう」
 そして、階段の一段目に足を置いた。
 暮簿神社は今日も人一人おらず閑散としていた。二人はまず拝殿へお参りをすませると、昨日真之が不思議な青年と出会ったという白露の木へと向かう。
 雑木林を抜けた先にある摂社も特に変わった様子もなく大きなご神木が二人を迎えた。昨日、青年が座っていた場所に視線を向けるもそこには誰もいない。まるで狐につままれたような気分になってくる。
 隣に立っていた有明が何かに気付いたらしくご神木の側へと足を進める。
「和泉くん、探していたお守りはこれですか?」
 有明の手には色褪せたお守りがのせられていた。真之は早足で側までくると大事そうにお守りを受け取ると大きく息を吐いて脱力する。
「これだ……見つかってよかった」
 心より安堵する声に有明は小さく微笑む。真之は様子だったが、お守りが置かれていた場所にあった下敷き代わりの半紙もお守りも明け方まで雨だったにも関わらずぬれていなかった。誰かが置いたにしても不自然すぎる。なら、ここに置いたのは昨日であったという青年の仕業になる。
 ご神木に向かってお礼と昨日の謝罪している真之に有明は日が落ちる前に帰ろうと促し真之と共に神社出た。
「お守りすぐに見つかってよかったですね」
「よかったよ、誰か参拝者の誰かが置いといてくれたのかな?」
 真之にとっては人の手だと思っているらしい。失せ物が見つかった安堵が大きいのか向かう時の警戒心はすでにない。ここで余計なことを言うわけにもいかずに有明は黙っておくことにした。
 階段を降り切ったところで後を振り返れば狐面をつけた青年が立っていた。だが瞬きすればその姿もう見えず、ご神木の方に去る狐の尻尾が見えたような気がした。

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